さようならウォーキング・デッド。もうファイナルだ。つまらないんだから仕方がない。

さようならウォーキング・デッド。もう最終回だ。俺の中ではな。

シーズン8が放送中のFOXチャンネルの大人気ドラマシリーズ「ウォーキング・デッド」。

でも私はついにリタイアすることにしました。

観るのを終わりにするんです。最終回ですよ、私のなかでは。笑

私と一緒にこれまでウォーキング・デッドを長年観てきた家内とともに。

かつて私はこのブログで、「ウォーキング・デッドはシーズン8で終わりにしたほうがいい」なんて言いましたが、それが(私のなかでは)現実となってしまいました。

ウォーキング・デッドはシーズン8で終了するのか【ウォーキング・デッド】シーズン8がファイナルの噂は本当?

さようなら、ウォーキング・デッド。

これまでたくさんのハラハラとドキドキをありがとう。

そこで今回は、私ら夫婦がウォーキング・デッドをなぜもう観ない決心をしたのか・・・・このことについてお話していきたいと思います。

シーズン7までは楽しく観賞していた

これまでもこのブログではウォーキング・デッドのレビュー(と言えるかどうかははなはだ疑問だけれど)をお送りしてきました。

シーズン7までは(といってもこのブログでお送りしているのはシーズン6の途中からだけど)いたって普通のことを書いていました。

「シーズン7はなんかつまんない」という意見が本国アメリカでもけっこうあったようでしたが、私はけっこう楽しんで観ていましたねシーズン7は。

だって敵のボスであるニーガンが憎たらしかったから。

シーズン7の第1話でレギュラーキャラだったグレンとエイブラハムを愛用のバット「ルシール」で撲殺するような狂気なキャラクター。それがニーガンでした。

(グレンとエイブラハムが死んでしまったことがこのドラマの内容を薄くする原因のひとつだと今にして思いますが)

そんなニーガンへの緊張感がシーズン7では漂っていたので、それなりに私は楽しく観ていましたね。

シーズン8になってニーガンが小物に成り下がる

ところがところがそのニーガン、シーズン8になると途端に小物臭がしはじめます。

冒頭で主人公リックたちの急襲を受け防戦一方となるニーガンたち「救世主」。

そんなところへボスであるはずのニーガンがなぜか最前線へ出てしまいます。

このあたりが小物な感じがしますね。ボスだったらどっしり構えて裏で控えていなさいよ、と思いますね。

挙げ句のはてにニーガンたらウォーカー(ゾンビ)に囲まれて、リックたちの仲間の偽善者神父のゲイブリエルとふたりきりになっちゃうし。

そのあとのゲイブリエルとのやりとりがまた滑稽でニーガンの小物感がすごい。

あの狂気なニーガンはどこへ行っちゃったの? ってくらい弱そうなんですニーガンが。

主要キャラのリックとダリルが理解できない行動をとる

ニーガンはこのドラマでは比較的新参者だからそれでもいいとしましょう。

でも、もっと問題なのがこのドラマの最初からいるレギュラーキャラたちですよ。

キャラ設定というか性格がブレブレ。

とくに主人公のリックと人気No.1キャラのダリルのブレブレぶりが半端ありません。

まずリック。

リックはなぜ「清掃人」にあれほどこだわるんでしょう? 理解不能です。

清掃人にはシーズン7の最後であんなに見事に裏切られたんですけどね。

にもかかわらずリックはなぜかまた清掃人に協力をあおぎに行く。

なぜ? だってかつてのリックは仲間以外の人間には徹底して敵意を向けていたのに。

それを仲間にたしなめられるほどだったのに。

意味がわかりません。

次にダリル。

このドラマの人気ナンバー1といってもいいほどのキャラクターであるダリルです。

この人はかつては不穏分子でした。

兄のメルルというサイコ野郎のために、腐っても兄弟だからという理由で、ことあるごとにリックたちに歯向かっていました。うーん懐かしい。

でもその兄のメルルからの呪縛から解放されてから、不器用ながらリックたちの真の仲間となりました。

このときからダリルは不器用ながらナイスガイの人気キャラに成長していきました。

まるでドラゴンボールのピッコロのように。

以前は主人公の孫悟空の敵だったのに、さらに強大な敵があらわれると共闘するようになり、最終的には仲間となります。

「敵の敵は味方」というところですね。

ピッコロやのちに出てくるベジータはこの流れをたどり、ウォーキング・デッドのダリルも似たような流れをたどりました。

ピッコロやベジータやダリルがもともとは敵方だったのに仲間になったのは、キャラクターの魅力度が高かったからとも言えます。

読者や視聴者に好まれる要素があったからこそ仲間となり人気者になることができたんですね。

しかし最近のダリルったら、その魅力がまるっきり失われてしまいました。

見た目や話し方が「クールガイ」なダリルなんですから、行動もそれに伴ってほしいと思うのが私だけでなく多くの視聴者の願いなはずです。

しかしそのダリル、見た目や話し方がクールガイなのとは裏腹に、行動に軽率すぎるところがあって、軽率な行動のために仲間を窮地に陥れることが最近目に余るようになってきました。

「人は学習して成長するもの」と私ら視聴者は思っているものの、なんども同じような失敗を繰り返すダリルに私は少し愛想がついてきました。

ウォーキング・デッドを観るのをやめようと思った主なきっかけ

そもそも私がなぜウォーキング・デッドを観るのをやめようと思ったか。

それはシーズン8 第8話のあらすじを読んでしまったからです。

そのあらすじはHuluにはこうありました。

「清掃人の協力を取りつけ共に聖域に向かったリックだが、建物を包囲していたウォーカーの大群は一層され救世主たちが脱出したことを知る。(中略)救世主の部隊はそれぞれアレクサンドリア、王国、ヒルトップに行き反撃に出ていた。(後略)」

これって前回の第7話で「聖域」の建物にトラックを突っ込ませたダリルの勇み足の結果ということですよね?

今さらなぜダリルにこんなバカな行動をとらせるのか理解不能です。

ダリルにさせないにしても、兵糧攻めにしてあとは「救世主」の連中がギブアップするのを待つだけだったのに、ドラマを盛り上げるためとはいえ、なぜ物語をひっくり返すようなことをするのでしょうか?

これまた理解不能で「もう付き合いきれない」と一緒にあらすじを読んだ家内とともに「もういいよね」ということでウォーキング・デッドとさよならすることにしたのでした。

キャラクターの性格の振り幅が大きすぎる

物語がひっくり返るのと同じように、キャラの性格がひっくり返るのもウォーキング・デッドのおもしろいところ(皮肉)です。

その最たるキャラがモーガン。

モーガンはちょっと前までは憎き敵であろうと、なんぴとたりとも殺しちゃなんねえ、という思想の持ち主でした。

以前にモーガンが心を入れ替えるきっかけとなった場面が回想シーンで語られましたね。

でもそのモーガン、あることをきっかけにやっぱり敵は殺せ! という考えに変わってしまいました。

まあいいんですよ。人の考えは変わっていくものですから。初志貫徹するキャラばかりのドラマなんてきっとつまらないでしょうし。

でも振り幅が大きすぎるんですよね。モーガンは「ぜったい殺さない!」から「殺す! 殺す! 殺す!」が全開に押し出されるようになったんですもの。

こんなことをされると視聴者としては戸惑ってしまいます。

それまで不殺を心がけていたモーガンに視聴者が相対することで、視聴者としては命に対するなんらかの考えを持つと思うんですよね。(「命の大切さ」がどうたらなんて安っぽいことは言いたくないけれど)

でもそのモーガンの考え方を真逆に変えてしまうと、モーガンのファンだった視聴者からしてみたらショックですよね。

「今までのはなんだったんだ?」ってことになりませんか。

それとも「人間なんてそんな簡単に変われるものじゃないんだぜ! ヘッヘッヘ」という制作側からのメッセージなのでしょうか。

今となってはもうどちらでもいいですけどね。

かつてのメインキャラの存在感が薄い

それまでリックの仲間たちは一つの場所にいることが多かったのですが、シーズン8はあちこちに点在しています。

そのためそれぞれの場面で描かなければならないため、ひとつひとつのエピソードが弱くなり、キャラクターの存在感が薄くなってしまいました。

ちなみにかつてのメインキャラの現状はというと・・・

リックは「清掃人」と一緒。

ダリルとタラと単独行動。

ミショーンとロジータは怪我で療養中だったためシーズン8 第1話での「聖域」襲撃作戦には参加しなかったけれど、なぜかそのことに不満を抱いていて聖域を見に行き、ダリルとタラに合流するも彼らの考えに賛同できずにアレクサンドリアに戻る。(ってこの2人がいったい何をしたいのかさっぱりわからない)

カールはなぞの男(名前を思い出すのも面倒)と単独行動。

マギーは妊娠中ながらヒルトップのリーダー代理として活動。

キャロルはなぜか影が薄い。(そもそもキャロルはシーズン7でなぜ「家出」をしたのかイマイチ納得できない)

モーガンはヒルトップのジーザスと仲違いしたあとにダリルたちと合流してダリルの暴挙に参加。

ユージーンはニーガン側に寝返る始末。

カールの妹(たぶんリックの娘)のジュディスに至ってはまったく出てこない。(まだ幼児だからってまったく顔を出さないのはどうかと思う)

辻褄が合わないことが多くなってきた

私はいくらフィクションであろうと、登場人物の言動に辻褄の合わないところが出てくると、その作品をつまらないと感じるようになります。

それまではまだ許せる範囲でしたが、シーズン8になってからというもの、辻褄が合わないことばかりでイライラすることが多くなりました。

でも物語が長くなればなるほど、制作者はどう辻褄を合わせるのかに苦慮するのかもしれませんね。

ウォーキング・デッドはその呪縛にまんまとハマってしまったのがシーズン8の惨状なのでしょう。

共感できない登場人物しかいないドラマは観る価値がない

それと、ニーガンたち「救世主」を打倒することがこのシーズン8のテーマですが(だと思う)、仲間の思いがひとつになっていないこともつまらなさの原因だと思います。

まるでサッカーW杯を3カ月後に控えるも目標を達成するために何をどうがんばればいいのかわからなくなっちゃった日本代表の監督や選手のようです。笑

仲間どうしで助け合うのがこのドラマの良いところでしたが、そういうったシーンがほとんどなくなり(バラバラで行動しているのだから当たり前)、逆に多くのキャラが足の引っ張るような行動をとってばかり。

それまで好意を抱いていたキャラクターたちにイライラさせられたり共感できないようであればそのドラマを観るのが苦痛になってくるんですよね。(姉妹作品の「フィアー・ザ・ウォーキング・デッド」もそんなキャラばかりなので早々にリタイアした)

ゾンビも活躍しないゾンビドラマなんて・・・

それにゾンビがちっとも活躍しないですしね。ゾンビドラマなはずなのにゾンビなんてただの飾りに成り果てました。

というわけで私のなかでウォーキング・デッドはシーズン8の第7話で最終回を迎えました。

これまで長い間ありがとうございました。

3 COMMENTS

通りすがり

英断です。
視聴率のためかS8E8で制作陣は暴挙をはたらきます。
この物語の「柱」とも言える存在をいとも簡単に折ってしまいます。
S8後半はその死と結びつけて強引に物語を収束させます。
私はS8最後まで観ましたが、S9以降は絶対に見ません。
制作陣への嫌悪感が強くなりすぎました。
やっぱりダラボンのような人が核に居ないとダメですね。

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つっく

リックの娘ではなくシェーンの娘ですけどね。
それはリックも分かっていますよ。
自分の娘ではないと分かっていながら、自分の娘として育てています。

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べっちー

つっくさま
コメントありがとうございます!

今ではジュディスはリックではなくシェーンの娘だとはっきりしているんですね。
私が見ていたころはどちらかはっきりしなかったような……。
でも時期的に父親はリックではなくシェーンではないか、とリック自身も疑ってそれを誰かに話をしたシーンもあったような……。
うろ覚えでスミマセン。

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